岩見沢市(いわみざわし)


  • 移住体験(ちょっと暮らし)ができる
  • 公営住宅がある
  • 賃貸アパート・マンションがある
  • 空き家バンクがある
  • 人口が5万人以上
  • 温泉施設がある
  • 芸術・文化施設がある
  • JRの駅がある
  • JRの特急が停まる
  • 新千歳空港から1時間以内
  • 札幌から1時間以内
  • 旭川から1時間以内
  • 農業(酪農を除く)が盛ん
  • 起業補助制度がある
  • 新規就農支援制度がある
  • その他の就業支援制度がある
  • 総合病院がある
  • 産婦人科がある
  • 小児科がある
  • 介護施設がある
  • デイサービス施設がある
  • 保育料補助制度がある
  • 特徴のある教育制度がある
  • その他の支援制度がある
  • 児童会館がある
  • 高校がある
  • 専門学校がある
  • 大学がある
  • 一級河川がある
  • プールがある
  • ゴルフ場がある
  • テニスコートがある
  • パークゴルフ場がある
  • キャンプ場がある
  • スキー場がある

企画財政部 企画室

  • TEL:0126-23-4111
  • FAX:0126-23-9977
  • 住所:岩見沢市鳩が丘1丁目1番1号
  • URL:http://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp/

移住体験ツアー

市町村職員募集

岩見沢市は、北海道の中西部に位置し、石狩川流域の肥沃な地に恵まれ、水稲や小麦、たまねぎなどを中心に、野菜や花卉などの生産も盛んな道内有数の穀倉地帯であるとともに、札幌や千歳空港から約40kmという交通条件や、豊かな自然環境に恵まれた、空知地方における行政・産業・経済・教育文化などの中心都市です。  また、医療や買い物、交通などの一定の生活基盤が整い、 札幌市や千歳市、旭川市にも地理的に近く利便性が高く、さらに緑が多く、丘陵地域から見る景観等の観光資源や高度情報通信基盤が充実しています。さらに、子ども・子育て支援や健康寿命の施策の充実にも取り組んでいます。   岩見沢市は、市民の皆さんと行政が連携・協働しながら、都市像である「人・地域が輝く 緑と活力に満ちた文化都市」をめざしたまちづくりをすすめています。

アクセス
  • 鉄道【札幌から】約25分
    【新千歳空港から】約65分
    ※特急列車を利用した場合(新千歳空港-札幌間は区間快速)の所要時間。
  • 車【札幌から】32キロメートル(約30分)
    【新千歳空港から】67キロメートル(約60分)
    ※道央自動車道(岩見沢インターチェンジ下車)を利用した場合の所要時間。
人口・世帯数 人口:74,204 人 世帯数:42,056 世帯
面積 481.02平方キロメートル
インターネット環境
  • ADSL
  • ISDN
  • 光回線
歴史 明治15年11月13日、幌内煤田鉄道の幌内~手宮間が全線開通し、うっそうとした未開の地に文化の光が差し始めました。
明治16年に公布された移住士族取扱規則により、この地に札幌県勧業派出所が設置され、明治17~18年には、山口県・鳥取県ほか10県からの士族277戸、1,503人の集団移住により、初めて開拓の鍬は打ち下ろされました。
このようにして、次第に市街が形成され、明治17年10月6日、設村の告示により岩見澤(イワミザワ)村となり、戸長役場、郵便局も設けられ、開拓の事業も順調に進み、活気のある村となってきました。
明治22年には、岩見澤・滝川・忠別太(現旭川)間、明治23年には岩見澤~夕張間に道路が開通しました。また、明治24年に岩見澤~歌志内間、同25年に岩見澤~輪西(室蘭)間の鉄道が開通し、岩見澤駅も元町から現在地に移転、新市街地が形成されるとともに、陸上交通の要衝となりました。
明治30年10月には空知支庁が設置され、同33年7月、1級町村制による岩見澤村となり、人口も12,518人、村勢は急速に伸展しました。
同39年10月には町制を施行し、同41年には北海道では函館に次いで二番目に上水道が完成しました。
昭和18年、待望の市制を施行。同32年桂沢多目的ダムの完成によって、上水道拡張事業、都市計画も急速に進みました。同35年岩見澤~新篠津を結ぶ岩見澤大橋が完成すると、石狩川北岸地帯の豊富な資源開発と生産物資の集散地の拠点となり、空知における行政・産業経済・教育文化などの中核として確たる地位を築きあげてきました。

また、この度の廃置分合により合併した北村、栗沢町と岩見沢市との関係も非常に深く、北村は、明治27年山梨県に本拠を構える北村雄治氏が土地の貸し下げを受け北村農場を開設し、地名を開拓功労者の姓をもって北村としました。明治33年7月当時の岩見澤村より分村し、戸長役場を開設しました。

一方、栗沢町は、明治23年和歌山県の山田勢太郎氏が入植し、岡山農場をひらきました。その後も岐阜、富山、香川、滋賀、徳島など各県から入植が続き、栗澤の大地を切り開いてきました。地名をアイヌ語の「栗の多い澤」(ヤム・オ・ナイ)から栗澤とし、明治25年2月栗澤村が分村し、その後、明治30年2月戸長役場を開設しました。
このように、北村、栗沢町は、明治中期まで岩見澤村として一つの地域でありました。
両町村それぞれが分村の歴史を経て、これまで100年あまりが経過しましたが、平成18年3月27日再び新しい岩見沢市を構成することとなりました。

この町が気に入ったかたには、こちらもおすすめです