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ローカルワークストーリー

家づくりを通して人育てと地域づくりを

木と森に関わって3代目

武部さんの祖父武部豊次郎氏は、明治の終わりに石川県能登半島から北海道に渡り、今の岩見沢市宝水町に入植しました。夏は農業、冬は造林業を営み、戦後、ニューギニア戦から復員した息子の豊種氏と共に造材と木工所をスタートしました。一貫して森や木と関わりながら、戦後復興の流れと社会の変遷とともに建設業へと転換したのです。

武部さんはもともと家業を継ぐという意思はなかったものの、お父さまのご病気をきっかけに社長を後継しました。駆け出しのころは、製材から土方、型枠工、鉄筋工、鳶職、何でもやったそうです。「人夫」と呼ばれる人たちと共に汗を流した当時の下積み経験は、今の仕事に対する姿勢の根底にあるという武部さん。つまり、自らの手を使ってものづくりをする人たちの大切さと、その人たちこそが社会で高く評価されるべきだという考えです。その思想は、今の大工育成や大工の腕を活かした家づくりに反映されているのです。

手作りの丁寧な家づくりで大手に勝負

若い頃は、現場の仕事の傍ら、役場や会社の営業回りもしなくてはなりませんでした。資本主義社会の熾烈な競争を肌で感じ、効率優先、経済第一の価値観、安くて速いものが世の中を圧倒していく様に飢餓感を覚えたと言います。公共の施設整備が主だった時代には、一律の基準で評価される仕組みにも大きな疑問を感じていました。武部さんは「公共事業は今後先細りになるだろう」「もっと自分たちらしいものづくりがしたい」という考えから、80年代から90年代にかけて、業務を民間の住宅建設へシフトを図りました。

「ブランド名だけで勝負できる大手ハウスメーカーと違って、知名度のない会社がどう勝負できるか、真剣に考えた」結果、大手に対抗する武器として、武部さんは在来工法や断熱気密工法などの技術研究と試行実践を重ねました。

「住まい手の反応を直接感じながら、提案やフォローアップができることは地域の工務店ならでは。コマーシャルツールをたくさん持つ大手に対し、私たちのように一棟一棟手作りの家づくりでは、評価は施主の満足度、広報はその人たちの口コミにかかっています。今では仕事を通じて得られた信頼関係がいい仕事を呼ぶ好循環が生まれました」と武部さんは自社の強みを分析しています。

「お客様にとって家づくりは一生に何度もない真剣勝負。その貴重な機会を通して誰かの夢を叶え感謝される喜び、自分たちの特徴を思い切り発揮できる仕事に大きなやりがいを感じています」と語る表情は誇りに満ちあふれています。

民家再生にかける思い

住宅建設の技術研究を重ねていたころ、明治時代の農家の家屋を解体するという仕事に出会いました。「民家再生」という武部さんのライフプロジェクトの始まりです。解体現場では黒光りする太い梁や柱が廃材として処分されていました。「新築よりも頑丈で魅力的な材をもったいない」と持ち帰ったものの、当時はそれを活かすチャンスも評価してくれるクライアントもいませんでした。それでも古いいい家が壊されると聞くと飛んでいき、丁寧に解体を続けました。

「古材はその土地の素材。自然乾燥が進んでいるので狂いもなく、深い味わいがあります。これらの材を再生させることは、環境保全や伝統継承、そして住まい手の健康保持につながる。その社会的意義を確信しました」と武部さん。

三笠事務所の敷地内に建てられた民家再生モデルハウスは、由仁町にあった大正初期の農家住宅を移築再生したものです。歴史文化を守りたいという思いはあっても、過酷な寒さや不便に耐えられずに捨てられていく民家を見ながら、古きよきものを新しいデザインで再生するプロジェクトを提案したのです。モデルハウスは断熱気密や換気性能など最先端の技術を用いながら、シンプルで端整な構造とモダンな雰囲気を同時に表現しており、訪れる人たちは静謐な空間の美しさに思わず息をのみます。

古材が実際に利用されることは少なく、決して「金儲け」にはならないとか。それでも武部さんが民家再生に情熱をもって取り組むもう一つの大きな理由は「大工の育成」でした。というのも、木組みによる古民家の解体作業は、大工の優れた技術が肝要です。そしてそのプロセスは、開拓時代、北海道に渡ってきた日本各地の家づくりの歴史や文化を紐解き、知恵や技を学ぶ、かけがえのない学びの機会であると、武部さんは捉えているのです。

伝統木造建築は「構造即ち意匠」と言われるように、構造的にもデザイン的にも優れた日本文化の根幹。武部建設は、その伝統技術から学んだものを活かして様々な新しい建築に携わってきました。そのために、大工塾など独自の研修制度を試みるとともに、ベテランが新人に現場を通じて伝える風土を築いてきました。民家の解体は地味で根気のいる仕事ですが、これがまさに大工の腕を磨き、職人としての意識を高めるための生きた教材だといいます。昨今は、伝統的な大工技術を身に着ける機会は非常に限られており、その評判を聞いて大工志望の若者が入社希望するようにもなりました。

自然と人を愛して

地域の森を育て守りながら、木材を切り出し、その木で家を作る。自然と地域に根差した家づくりを基本としている武部さんは、自ら野菜を育てたり、味噌づくりや蕎麦打ちを楽しむ農的暮らしを実践していらっしゃるとか。住宅だけでなく、自然に寄り添った季節感ある暮らしをさりげなく提案する、ご自身のライフスタイルからそんなメッセージが感じられます。

岩見沢事務所の結ホールはお客様向けの住宅展示ギャラリーだけでなく、マルシェやコンサートなどのイベント会場としても活躍。保育園の子どもたちがクリスマスに訪ねてきたり、ちびっ子たちにも人気です。今年7月に開かれた「削ろう会」では、カンナでいかに薄く木を削れるかを競い、匠の技に感動の渦が巻き起こりました。このような機会を通じて市民が大工の仕事に親しみや興味をもってほしいという願いが伝わります。

プレカット工法の登場で、日本の大工はこの35年間で6割も減ったとか。武部さんは自身のミッションとして、第一に大工育成をあげています。技術向上だけでなく、大工のキャリアパスを明確に示したり、企業横断的に技術研修やレクリエーションなどで交流する場を作ったり、技能士検定の受検を促して修行の目安を示すなどして、若い大工志望者に大工を一生の仕事としてもらおうとしているのです。

2018年には、北海道がお薦めする住宅事業者「きた住まいるメンバー」である建築家と地域工務店がコラボレーションする「みどり野きた住まいるヴィレッジ」プロジェクト(南幌町)に参加しました。建築家と工務店、そして行政が共に街並みをつくるという先進的な取り組みです。木造2階建ての小さな住宅ですが、ちょっとした工夫が随所にあり、「てま」をかけることで暮らしが豊かになる、そのような「てま」を楽しめるような建物を造りました。自慢の大工技術で造られた小屋組の見える2Fスペースや、室内空間とつながった屋外・半屋外の空間が、小さい面積をゆったりと広く見せることに成功しています。設計と施工が計画段階からそれぞれのノウハウと持ち味を持ち寄り、互いに切磋琢磨し合ったという点で画期的でした。これを北海道の新しいスタンダードに高めていくことが次の目標と武部さん。一軒の住宅からまちづくりまで、挑戦はまだまだ続きます。

(2018年11月)

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