勤務地市町村情報
美瑛町
美瑛町は北海道のほぼ中央に位置し、なだらかな波状丘陵と雄大で緑豊かな自然環境が魅力のまちです。
小麦、甜菜、豆類、馬鈴薯などの畑作農業を基幹産業としながらも、近年は「日本で最も美しい村」連合の取組みをはじめとした、美しい景観を次の世代に伝える取り組みも行っています。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 101124781 |
| 面積 | 676.78 |
| 歴史 | 美瑛町の町名は、アイヌ語の「ピイェ」〔油(転じて油っこい・油ぎっている)〕が由来です。現在の美瑛川に十勝岳からの硫黄が溶けこんで濁っていた様を表現したものですが、「美しく、明朗で王者の如し」という意味を込め、「美瑛」と当て字されました。 北海道のほぼ真ん中に位置する美瑛町は、町の東側には“北海道の屋根”大雪山系が連なり雄大な景色を臨めます。この大雪山系のひとつ十勝岳連峰の大規模噴火によって美瑛の波状丘陵が生まれました。その美しい丘や広大な景観の多くのは耕作地であり、農耕者の努力によって美しい農村景観が作り上げられてきました。美瑛町では景観条例をつくり建物などの開発制限をしながら、北海道らしい景観保全をしてきた町です。さらに昨今は、白金「青い池」が注目されるようになり、年間170万人の観光客が訪れています。 美瑛町は、北海道第2の都市である旭川と、ドラマ「北の国から」で有名な富良野市との間にあります。北海道のほぼ中央に位置しているため、札幌や帯広などにも交通のアクセスが便利です。また旭川空港が車で15分ほどの所にあり、羽田空港とわずか1時間30分の空路で結ばれています。 |
東川町
東川町は、北海道のほぼ中央に位置し、東部は山岳地帯で、大規模な森林地域を形成しています。また、日本最大の自然公園「大雪山国立公園」の区域の一部になっています。
北海道の峰といわれる大雪山連峰の最高峰旭岳(2,291m)は、東川町域に所在。豊富な森林資源と優れた自然の景観は、観光資源として高く評価されています。大雪山国立公園(面積2,267.64k㎡)は昭和9年(1934)12月4日に指定を受けており、そのうち東川町域は約102.55k㎡となっています。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 80343594 |
| 面積 | 247.06 |
| 歴史 | 東川町では開拓の歴史以来、すべての町民が地下水で生活しております(北海道唯一)。 この地下水は北海道の屋根「大雪山連峰」の最高峰「旭岳」の雪融け水が大地にしみ込み 長い年月をかけて流れだしたものであります。 町民はこの大雪の恵「地下水」に感謝しながら生活しています。 |
上川町
上川町は日本最大の山岳公園「大雪山国立公園」の玄関口として古くから親しまれ、国内外から年間200万人のお客様が訪れる層雲峡温泉をはじめ、3つの温泉卿を有します。また、大雪山を間近に望む「大雪高原・旭ヶ丘」など観光名所が豊富な自然環境に恵まれた国際観光の町です。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 39212156 |
| 面積 | 1049.47 |
| 歴史 | 上川町は明治28年に開拓の鍬が入りました。昭和29年の洞爺丸台風による風倒木の処理のため、林業を中心に賑わいを見せ、人口は、昭和35年に1万7千人あまりに達しましたが、その後過疎化の影響により年々減少の一途をたどっております。近年は、大雪高原旭ヶ丘地区の開発を積極的に進め、平成26年度には大雪森のガーデンが本格オープンし、平成27年度には同地区で「北海道ガーデンショー」も開催されるなど、賑わいを取り戻しつつあります。 |
占冠村
北海道のほぼ中心に位置し、高速ICが2つ、JR特急停車駅が2つあり交通の要衝となっています。周囲を山で囲まれ、面積の約94%は森林の大自然を体感することが出来る村です。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 1195693 |
| 面積 | 571.41 |
| 歴史 | 明治35年5月に最初の入植者として、佐藤農場支配人の日蔭長松が小作人七戸を連れて入地したところから、村の歴史は始まりました。明治から昭和にかけて村で一番栄えた地区、字占冠に1904(明治37)年に、村で初めての学校(簡易教育所)が開所され、のちに占冠小学校となり、開校100周年にあたる2004(平成16)年に閉校となりました。1923(大正12)年に運行を開始した「三国横断バス」は、金山から右左府(現在日高)の間、人や物資を運びました。現在は、中央地区が占冠村の中心地となり、村役場や郵便局、道の駅、コミュニティプラザ、小学校、中学校、診療所などがあり、人口が最も多く、文化活動の中心地ともなりました。 |
剣淵町
絵本の持つ「温もりと優しさ」に触れ、「思いやりのある豊かな心」を育む絵本の里。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 33341545 |
| 面積 | 131.2 |
| 歴史 | 明治30年天塩国上川郡に剣淵村・士別村・多寄村・上名寄村が設置されたのに始まり、明治32年に屯田兵337戸が入地し、戸長役場が剣淵に置かれました。その後、明治39年に2級町村制が施行され、自治体として歩みだしました。大正4年4月に現在の和寒町を、また、昭和2年10月に現在の士別市温根別町を分村し、昭和37年1月1日に町制を施行して現在に至っています。 |
鷹栖町
北海道のほぼ中央、上川管内の中心部に位置する鷹栖町。小高い山と大自然に囲まれ、基幹産業である農業を中心に発展。良質なお米をはじめ豊富な農産物に恵まれています。北海道第二の都市・旭川市に隣接しており、圏域における医療や福祉、教育環境も充実しています。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 70913089 |
| 面積 | 139.42 |
| 歴史 | 鷹栖町が未開だった頃、タカなどの大きな鳥が生息し、大空に輪を描いて舞っていたといわれています。その光景から、「大きな鳥(鷹)の棲むところ(巣)」を意味するアイヌ語「チカップニ」と呼ぶようになったといわれ、それが意訳され「鷹栖」となりました。明治25年に鷹栖村として開村。当初は石狩川右岸流域一体を含む広大な区域でしたが、分村を繰り返し大正13年に現在の面積に。昭和44年に町制施行がされました。町内を貫流するオサラッペ川と肥沃な大地に恵まれ、古くから稲作地帯として発展。道内でも有数のお米の主産地です。また、トマトジュース「オオカミの桃」は町の特産品として全国的に知られています。 |
中富良野町
中富良野町と言えば「ラベンダー」で有名ですが、昭和51年に旧国鉄のカレンダーに掲載されたことがきっかけで一躍ラベンダーが脚光を浴びるようになり、全国的にその名が知られるようになりました。毎年多くの花人(はなびと=花を愛する人)が中富良野町を訪れています。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 51592170 |
| 面積 | 108.65 |
| 歴史 | 1895年(明治28年)、富山県人の入植により、中富良野町の歴史が幕を開きました。その後、福井県や石川県をはじめ本州からの入植が続き、未開の地は徐々に拓かれました。 1917年(大正6年)には上富良野村から分村し中富良野村が誕生、さらに高度経済成長期の1964年(昭和39年)に町政施行により中富良野町となりました。 |
富良野市
富良野市は北海道の中心「へそ」であり、道内各地にアクセスしやすく自然も豊かな適度に都会なまちです。夏と冬の寒暖差が大きく、四季がはっきりとしています。「北の国から」の舞台にもなった「ふらの」を体感しませんか?
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 2224910869 |
| 面積 | 600.97 |
| 歴史 | 富良野市の開拓は、1896年に富良野原野殖民地区画の設定が行われ、1897年に福岡県出身の中村千幹(なかむらちから)氏らが現在の扇山地区に入植したことから始まります。 入植から2年後の1899年に富良野村戸長役場が現在の上富良野町に設置され、1903年には富良野村の南方を割く形で下富良野村が誕生しました。その際、富良野村は上富良野村と改称しています。 その後、1915年に下富良野村は山部村が分村してしまいますが、1919年に町制を施行し富良野町となりました。また、1940年に山部村からさらに東山村が分村しますが、1956年に町村合併促進法の適用を受け、東山村と富良野町が合併して新富良野町が誕生します。そして10年後の1966年には山部町と新富良野町が合併して、富良野市が誕生しました。これは道内29番目の都市でした。 |
下川町
北海道北部に位置し、森林に囲まれたまち「下川町」は、冬期間は積雪約2m、最低気温-30度以下と厳しい自然条件のなか、先人が拓いた土地、そして自然の恵みをフル活用しながら、住む人たちが笑顔で暮らし続けることができるまちづくりをすすめています。
| アクセス |
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|---|---|
| 人口・世帯数 | 34231782 |
| 面積 | 644 |
| 歴史 | 明治34年に開拓の鍬が降ろされ、昭和24年に「下川町」となる。林業、鉱業で栄え、昭和35年の人口15,000人がピーク。その後、鉱業(鉱山)の閉山、JR線の廃止、営林署(現森林管理署)の統廃合、林業の衰退などで急激に人口が減少。しかし、それまで継続していた町有林(約4,600ha)経営の継続を基盤に、温室効果ガス削減などに先進的に取り組む「環境モデル都市」(H20)、「環境未来都市」(H23)に国から選定を受け、森林の価値創造、エネルギー、高齢化社会への対応などに積極的に取り組むまちづくりをすすめている。 スキージャンプ競技の一流選手を多く輩出し、先般引退した岡部孝信選手を初め、伊東大貴選手、伊藤有希選手、そしてレジェンド葛西紀明選手の出身地。 |
ワーキングホリデー 募集情報
北海道・東川町のスキー場スタッフで地元の人とのつながりを通して働いてみませんか?
| 業種 | 観光業全般 |
|---|---|
| 事業内容 | スキー場、宿泊施設、パークゴルフ場の運営、物販、業務受託等 |
| 所在地 | 東川町西5号北44番地 |
| 募集人数 | 各月3名まで |
|---|---|
| 就業場所 | 東川町西5号北44番地 |
| 業務内容 | スキー場の運営補助/宿泊施設の運営補助 |
| 必要な免許・資格 | 普通自動車第1種運転免許 |
| 契約期間 別途移動日等が必要な 場合もあります。 |
令和6年12月1日から令和7年3月31日までの3か月間の内2週間以上30日以内 |
| 試用期間 | 無 |
| 就業時間 | (1)8:00~16:00 (2)13:00~21:00(休憩時間 (1)12:00~13:00 (2)17:00~18:00) |
| 時間外労働 | 有 |
| 休日 | 4週6休 |
| 賃金 | 時給 (外勤)1,070円/ (内勤)960円 |
| 加入保険 | |
| 宿泊場所 | キトウシ森林公園家族旅行村ケビンほか |
| 宿泊場所住所 | 東川町西5号北42番地 |
| 宿泊場所間取り | 3LDK |
| 1部屋あたりの利用人数 | 3人 |
| 宿泊に要する経費 | 無料 |
| その他特記事項 | スキー場に来場された方が楽しんでいただけるようなイベントを企画開催し、それに自ら参加していただきます。 |
| 参加者の経費についての負担 |


- お申込み・お問合せ先
- 東川町経済振興課
- 0166-82-2111
- event@town.higashikawa.lg.jp
