ローカルワークストーリー

- 20菅川 仁さんHitoshi Sugakawa
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突然の帰郷と、手探りのワイナリー事業

奥尻ワイナリーではぶどう品種別に11銘柄を醸造販売。ワインをきっかけに島を訪れる人もいる。
奥尻ワイナリーのある奥尻島への交通手段は2つ。1日2〜4便のフェリーと、函館空港と結ぶプロペラ機だ。ワインぶどうの栽培は1999年に始まり、醸造が本格的にスタートした2008年9月以降は、北海道南西沖地震で被害を受けた島の復興のシンボルとして度々話題になった。開設から10年経ち、奥尻ワインは「潮の香りのする日本ワイン」として注目されている。
同社は地元の建設会社、海老原建設の新規事業のひとつで、ワインづくりは未知の挑戦。
それに加えて将来の責任者として選ばれたのは、札幌で就活中の大学生、菅川仁さんだった。唐突な転機に思えるが、「父も在籍する親会社の社長である伯父から『お前の役目があるから戻ってくるように』と言われて。その時は戸惑いましたが、求められればやるしかないと感じてはいました」と菅川さん。2005年、海老原建設に入社した菅川さんは、その後、ミネラルウォーター工場の製造を担当。「異業種の事業は大変でしたが、この島の水は本当においしい。昔からブナの森のあちこちに水が湧き出しているんです。」原料となるぶどうの収量確保が見え始めた2007年、菅川さんは26歳で奥尻ワイナリー準備室の室長となる。
「ワインを知らない素人には大変な役目です。ただ、この事業は若い人間にやらせるべきだという、会社の意思を感じたのは確かです。」そこから、長い試行錯誤が始まった。
仕事とは苦心であり喜び。自分の転機がワインの転機に

ミネラル分豊富なぶどうが、和食や島の魚介類に合うワインになる。
注目の初リリースは2009年の春。しかし味の評価は厳しかった。買った人から厳しい電話やメールも来た。「今思えばですが、ワインの姿をしていただけで、良いも悪いもわかっていなかった。」製造ラインは整ったが、その先の奥尻らしい味わいが見えない。しかし、ワイナリー事業の島にとっての意味を誰よりも感じていた菅川さんは、使命感を支えに模索を続けた。

清潔に管理された醸造所内のタンクで、秋に絞った果汁が静かに発酵中。
転機が訪れたのは2014年。それまで曖昧だった銘柄ごとの個性を見直し、奥尻ワインらしい味わいを銘柄ひとつひとつに対して考え始めた。きっかけになったのは、同世代のワインメーカーとの交流だ。ワインイベントで一緒になった同世代の社長が、自社のワインを堂々とサーヴしてお客様を喜ばせていた。「その姿を見てすごいな、負けないぞという気持ちが湧いてきた。それから段々と同業の仲間ができて、色々な情報も入るようになっていきました。」閉塞感で一杯だった心が変わり始めた瞬間だ。経験豊かなオーナーが集まるワイン事業者の会合にも、自分を叱咤するように参加した。「若手は私だけだったので、初めはお父さんの代理で来たのかと言われました(笑)。でも、そのうち人前に立つのに慣れて、人との繋がりができる。色々な考えに触れることで、ワインに対する考え方が感覚として身に付き始めました。」自身の変化につれて、奥尻ワインの評価も改善していった。島に留まってばかりいたら、あの時の状態は突破できなかっただろう。菅川さんは当時を振り返り、そう感じている。

醸造所では、関西から赴任してきた社員が作業中。
長期休暇は帰省するが、島ののどかな生活が気に入っているそうだ。
美しい自然と豊かな恵みは、唯一無二の宝物

自社農園の規模は計28ha6万本。ぶどう栽培も、地元の仕事づくりに一役買っている。
ぶどうにとっては潮風を受け続ける環境は厳しい。栽培にも工夫が必要だが、それがワインに独特のミネラル感を与え、名産のウニやアワビなど魚介類と合わせると格別なおいしさだ。透明度25mの美しい海に囲まれた島の絶景スポットのひとつ、なべつる岩の姿はワインラベルにも使われている。

島でしか見られない鮮やかな光の中の風景は、一度見たら忘れられない。
島での暮らしについて、札幌からUターンした菅川さんに聞いてみた。「島で一度暮らせば、自然の恵みを生かすことや、助け合いが身に付きます。魚や山菜などは旬になると頂き物が多い。タラ、ブリ、イカ、ウニ、ホッケ…魚の捌き方も覚えますね。冬になると、うちは重機があるのでご近所まで除雪に行きます。」お金でいつでもサービスが買えるわけではない。それだけに、都会にはない暮らしのスキルが大切なのだ。
仕事があれば、人は残る。美しい島の暮らしを守りたい」

常務取締役の菅川仁さんは1986年生まれ。
同じ敷地内にあるミネラルウォーター工場の製造責任者も兼任し、日々多忙だ。
「自分たちがつくったワインをおいしいねと言って頂けるのが一番の喜びです。」
島の建設会社がワイナリー構想を抱いてから、20年が経った。長い取り組みの背景には、島の復興に携わる中で直面した課題があったという。「過疎化は地方都市共通の課題ですが、島の変化は、よその何倍も速い」と菅川さん。災害復旧に貢献した働き手が高齢化する一方、その再就職先が島内で求められている。また、観光など人的交流を促すには、自然を生かした魅力的な何かが必要だ。ワイナリーはこうした問題の最適解だったのだろう。「仕事があれば、人は残るし新たにやってくる。そのためにも、最善を尽くしてより良いワインをつくることが目標です。」
美しい自然を生かして、新たな産業が生まれた活気ある島。そんな未来を願って、菅川さんたちの挑戦は続く。
(2019年2月)
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