ローカルワーク in HOKKAIDO

HOME ローカルワークストーリー 本川 哲代さん(むかわのジビエ)

ローカルワークストーリー

極上の肉に仕上げる事が、野生への敬意。
むかわのシカ猟と食肉技術を受け継ぐ仕事

農家志望からの転身は、突然だった

人口8,500人のむかわ町へ移住し、食肉処理場を起業したハンター。星付きのレストランに指名買いされるジビエの販売者。こう聞くとタフで野生的な人を想像してしまいますが、本川哲代さんは札幌の高校を出てスーパーの惣菜コーナーで働く、いわば普通の「町の人」でした。その後、料理が好きな本川さんは調理師専門学校で学び、おいしい食材をつくるために新規就農を目指します。そして2010年、研修先の農家も決まった頃、ふと見たテレビのニュース。それは「シカなどの野生動物が増加してハンターが不足。命を扱う仕事は志望者が少ない」という内容でした。そこから突如、本川さんの目標は変わりました。2011年、38歳で狩猟免許を取得して、ハンターの世界に飛び込んだのです。彼女にこれほど大きな方向転換をさせたものは、一体何だったのでしょう。

命と向き合うハンター業、肉に仕上げる加工業

札幌から車で2時間のむかわ町はシシャモの町、そして恐竜の町として知られています。特産品はコメ、野菜、メロン、原木しいたけ。国内最大級のむかわ竜の全身骨格化石が出土して大きな話題にもなりました。町内にある本川さんの食肉処理場「むかわのジビエ」を訪ねて転身の理由を尋ねると、「ハンター不足のニュースでよぎったのは、子どもの頃飼っていた犬のことでした」と言います。家のやむを得ない事情で、自分の犬を保健所に連れて行ってしまった苦い苦い経験。その時から続く「自分が生き物の命を奪った」という消えない思いに、生態系のひずみで行き場を失った野生動物の姿がぴたりとはまったのかもしれません。「自分はもう手を汚している。その役目をするなら自分だ。そう思ったんです。」

最初に所属した札幌市内の猟友会で、「解体を学ぶならこの人」と紹介された師匠に弟子入りし、衝撃を受けたといいます。「お肉も脂も、食べたことがないほどおいしかったんです!」。これほどおいしい肉にできる技術を、そしてシカの命のことを、食べる人にも伝えたい。それ以来、本川さんにとって極上の肉を提供することは命を扱うひとつのゴールとなり、「ハンターによる食肉処理業」という自分の立ち位置が見え始めました。

仕事の道筋が見えた時、移住と開業が実現した

本川さんの師匠はむかわ町の漁師兼業ハンター。知り尽くした地元の山で仲間と組んで猟をします。師匠と山へ通ううちに「腰を据えてやってみないか」と言われ、2012年にむかわ町へ移住しました。「都会から見ると田舎への移住は勇気が要りそうですが、私は抵抗がありませんでした」と本川さん。仕事や用事で札幌に行く事もあり、生活の不便はあまり感じた事がないそうです。町の有害鳥獣駆除委嘱ハンターとしてほぼ通年で猟の仕事をする一方、2014年には食肉処理場の準備を始めました。するとタイミングよくハム加工場の居抜き物件に出会い、事業申請、保健所の手続き、改装工事まで町の人たちの紹介や協力を得てスムーズに進み、2015年には「むかわのジビエ」の開業が実現したのです。

シカ専門食肉処理業で、肉の魅力を直接届ける

 本川さんが極上の肉のために狙うのは、地元で「いっぽんこ」と呼ぶ若い雄です。仕留めるとすぐ屠畜場へ運び、骨つきの枝肉(部位に分ける前の状態)を「むかわのジビエ」が買い戻します。解体し筋や骨を取り除き、塊肉やスライス肉で販売します。真っ先にその味を評価してくれたのが、札幌のフランス料理店「バンケット」の若杉幸平シェフです。若杉さんは「まず、ジビエ(狩猟肉)独特のクセがない事に驚きました。シカについて詳しく聞いたことで、脂の美味しさを生かす料理も出すようになりました」と言います。この出会いを機に、本川さんのシカ肉は全国各地のレストランへと旅立つようになりました。「お肉を介してシェフとお話ししたり、シェフからお客様の高評価を伺ったりすると、この仕事を始めて良かったな、と思います」(本川さん)。料理に詳しく、顧客であるレストランへ食事に行く本川さんならではの交流は、肉の品質を一層高め、シェフたちの要望に応えるのに役立っています。

特産のシカ肉事業で、祭りやイベントにも参加

 2018年現在、むかわ町に住んで7年。「一生修業」というハンター業も7年目、食肉処理業は3年目を迎えた本川さんに、町の魅力についても聞いてみました。「自然がいっぱいで人も動物たちも住みやすい。海の幸も山の幸も都会で食べるよりおいしい。特にシシャモやホッキ貝は最高です。特産のレタスがこんなにおいしい野菜だということも、むかわに来て初めて知りました。」むかわを愛する本川さんには地域のお祭りや町外のイベント出展のお誘いも多く、そうしたときは「むかわのジビエ」として実演販売をしたり、ペットフードのブランド「しっぽたちのごはん屋さん」で参加しています。また、むかわ町地域協議会では地域のため、移住者としての意見を求められることもあります。町にしっかり根付いた今の暮らしに、本川さんは「町の方々が温かい人ばかりだったから移住できた」と感謝を忘れません。

技術継承は、地域の未来につながる夢

野生のシカと同じ土地で暮らし、尊敬と愛着をこめて最高の肉にして届ける。本川さんが自ら創り上げた仕事のスタイルは、今後どうなっていくのでしょうか。近々の課題は、ハンバーグやミートソースなどの加工品とペットフードのネット販売だそう。家庭の食卓に乗りやすいように、また枝肉を余さず使い切る意味でも、ミンチ肉の料理を選びました。もうひとつの課題、それは後進の育成です。「私もいつかは銃を置く時が来ます。その時のために、教わった事を受け継ぎむかわの鹿を大事に扱ってくれる方を育てたいんです。」今の仕事を充実させながら、むかわ町のシカ肉や特産品を多くの人に知ってもらいたい。そう考えるとやりたい事はまだまだあるようです。「全部実現するには体がひとつじゃ足りませんね」と本川さん。いつか若い仲間と一緒に働く本川さんの姿が見えるような、朗らかで頼もしい笑顔でした。

(2018年12月)

ローカルワークストーリー 一覧へ

TOP