ローカルワーク in HOKKAIDO

HOME ローカルワークストーリー 吉田 耕一さん(合同会社 しもかぷ工房 代表)

ローカルワークストーリー

職人として自分のためではなく使う人のために作りたい
~地域の森林資源を活用しながら「喜んでほしい」作品づくり~

喜んでくれる顔がうれしくてモノづくりの世界へ

北海道のほぼ中央部。日高山脈や夕張山地などに囲まれた上川管内最南端に位置する占冠村は、富良野をはじめ、日高町や平取町、夕張市等と隣接する人口約1,500人の小さな村。村の面積は東京23区とほぼ同じくらいですが、村域の94%は森林が占める林業が基幹産業の森の村。そんな森林資源豊かな場所に「しもかぷ工房」はあります。中心市街地より車で5分ほどの集落内にある旧占冠小学校の廃校跡を利用した工房です。といっても廃校を全部使っているのではなく、地域の公民館としても利用されており、工房としては校舎の2つの教室を間借りして使っています。「あたりはたいへん静かで創作活動をするにはとてもいい環境ですね」と話す吉田さん。

もともと岐阜県各務原市出身の移住者。モノづくりの道に進むきっかけとなったのが北海道大学時代。所属していたサークルで記念のバンダナをつくることとなりその制作を担当。「思いのほか喜んでもらえたことが嬉しくて、将来は何か創作するような仕事に就けたら」と考えていたと言います。「石系でも金属系でもモノづくりできれば何でも良かったのですが、学生時代の北海道の自然豊かな環境に触れてなんとなく木工のジャンルになったんです」と木工職人を目指すことに。

林業のマチ占冠村へ移住

大学卒業後は、地元に戻り飛騨高山にある「森林たくみ塾」で修行。「たくみ塾は教科書通りの勉強というより体で覚えろといった職人養成塾のようなところでした。実際にひとつの商品を作るようなことをしていたので、ここでの経験がいまにつながっています」と言う吉田さん。その後、地元の家具工房や東京のデザイン事務所などでの勤務を経て独立を決意。どうせゼロからのスタートであれば、森林資源や自然も豊かで、学生生活で慣れている北海道の地で創作活動ができればといざ北海道へ。

しかし独立といっても活動できる場所を探したり木工用の大きな機械を揃えたりするにもお金がない。厳しい現実の中、車中泊しながら一時は別の仕事も考えていたと言います。そんな中、大学の友人の紹介で、占冠村が木工職人の募集をしていると聞いてすぐに応募したところ見事採用。2010年に占冠村へ移住しました。

地場材を活用した木工品づくり

木工職人といっても、地域資源を活用した観光振興を図る2年間の期限付きの雇用事業の中での、木工製品開発の担当者という位置づけ。それでも制作工房は現在も利用している廃校の広い教室と、作業に必要な道具や機械類も揃っており「すぐに創作活動ができる状態はたいへんありがたかった」と当時を振り返ります。「ここまで準備してもらっているのでなんとか木工職人として占冠らしい木工品ができれば」と試行錯誤してきました。

これまで家具製作を主にしてきたので、当初は家具製品をと考えていましたが、実は地場材も限られるため、小物やクラフトから手掛けることに。中でも地場材のカバに注目し、いまでは工房の代表作にもなっている木製のマグカップ「しもかぷククサ」の制作を始めました。ククサとは北欧の遊牧民族サーメ人が使う白樺の木のコブから作られる手作りの木製のマグカップ。子どもが生まれたときやお祝いごとのあるときに贈ると一生幸せになるという古くからの言い伝えがあります。そんな思いを込めて作られる吉田さんのククサは、ひとつひとつ丁寧に手間も時間もかけて制作されます。

まっとうなモノをまっとうな価格で

できた製品は同村にある道の駅にアンテナショップを構え販売。実は占冠村は林業のマチといっても、材料を供給する産業が多く、林業のマチとしての特産品やお土産がなかったのも事実。製品だけではなく、商品のパッケージやディスプレイなど模索しながら占冠らしい木工商品としての価値を高めてきました。

また販売にあたっては「はじめから思い切ってひとつ6,000円ほどの値を付けて販売しました。雇用事業の期間は雇われの身ではありますが、独立をするのであれば値付けだけはしっかりしておかなくてはと思っていた」と言います。村の人に販売価格の相談をすると「誰がこんなに高いものを買うのか、売れるわけがない」と批判的な意見もあったそうです。「安くしないと売れないから安く作るとかではなく、お客さんが納得するものをいかに作り、そしていかに納得いく価格で販売するか。自分たちで誇りに思えるものは胸を張って高い価値をつけていくことが必要だと思うんですよ」と吉田さん。

確かに吉田さんが丁寧に作るククサは、手にほどよく馴染み、木の優しくて温かみのあるぬくもりさえ伝わってきます。作り手の思いと確かな職人技で制作されたククサ。その価値をお客さんも納得しているからこそ、その値段でも購入する人がいる。お客さんは確実に増えククサは工房の人気商品となっていきました。

身近に木のぬくもりを感じてほしい

ほかにも代表作のひとつに「タッチウッド」があります。「もともと箸置きとして制作していましたが、箸をおくための真ん中のヘコミ部分を触っているとなんとも気持ちよく安心感や心地よさがある」と吉田さん。実際に触ると落ち着くような気持ちよさ。西洋では厄除けに「touch wood」と言いながら木製品にさわる風習があることを思い出し、この箸置きの形状をヒントに木片の中央部にヘコミをつけてひとつひとつ丁寧に磨いてやさしく仕上げその名の通り「タッチウッド」として商品化に。

木のぬくもりをいつも身近に感じてほしいという思いで作ったと言います。カエデやイチイ、サクラなどの種類があり樹種によって色や触り心地が異なり、選ぶ楽しさもあります。ポケットに入れておいたり、バックに付けたりキーホルダーにしたり、携帯しやすい作品ということもありヒット商品のひとつになりました。

シンプルな作品は使い手の使い方を考えていった結果

ところで吉田さんの作る作品はシンプルなデザインのものが多くあります。「デザインはもともとシンプルなものをと思って制作しているわけではないんですよ。使い手をイメージして、使い手が使いやすいものをと制作に取り組んでいると、使う側があってもなくても困らないと思う部分や、無駄なデザインなどを引き算していって追いつめていった結果シンプルな作品になっていった」とのこと。

もともと「喜んでもらいたい」というのが原点にある吉田さん。「自分が作りたいというよりは、使う人のために作りたい」という思いがシンプルな作品づくりに現れています。

木工職人としてついに独立

2年間の雇用事業のあとは、2012年より村独自の事業で継続して商品開発を進めながら、村の一大リゾート施設の星野リゾートトマムでの委託販売や、北海道どさんこプラザ、また工房の通販サイトを開設するなど販路拡大をしながら事業を軌道に乗せ、2014年に補助事業が終了すると同時にそのまま工房を引き継ぎ、占冠に移住して4年目にして事実上の独立をしました。

「補助金がなくなれば終わりという事例もよく聞きますが、独立後もなんとか継続できているのは、はじめの段階で作品に対する価格をしっかりつけていたことが良かったからだと思います」と吉田さん。すべての作品を丁寧に、そして使い手のことを考えて作られる吉田さんの作品は、占冠や工房のブランドも高める結果となり、その価値を納得して購入してくれるお客さんも増えてきました。

制作現場も忙しくなってくると、新しいスタッフの募集も始めました。吉田さんのように木工に関心のある若者などが村外から移住し、作り手として一緒に働いています。しかしこれまで4名のスタッフが工房で制作活動をおこなってきましたが、木工の仕事は職人として独立するような気持ちがないと技術の指導が難しいこともあり、長続きするスタッフは多くはなかったと言います。また小さな村では民間のアパートがなく村営住宅を借りて住んでもらっているものの、ある程度の所得になると村営住宅から出なければならないなど、定住できる環境がまだまだ厳しいのも事実。

残念ながらこの春にひとり残ったスタッフも転職することとなってしまいました。「ほんとは人を雇い入れたいのですが、村で安心して暮らせるような基盤づくりをしっかりつくっていければ」とスタッフの募集は一時とりやめ、一度腰をすえてじっくり制作活動をおこなっていく予定だそうです。

村に恩返しをしたい

今後の展望として将来的にはギャラリーと併設したカフェなどをオープンしたいと言います。「もともと観光の仕事で村にお世話になってきているので、村に恩返しではないですが工房が占冠村への観光の目的のひとつになってくれたらうれしい」と考えています。

いまでは木工職人として村になくてはならない存在になっている吉田さん。この冬、お子さんが生まれ新しい家族も増えました。まずは今の仕事がさらに充実したものになるように、子育てしながら自分の生活基盤もつくっていきながら、小さな村での小さな工房の挑戦はこれからも続きます。

(2018年3月)

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